名監督で星野仙一監督が亡くなられた、70歳だっという
鉄拳制裁で有名な星野監督、 今はもう監督ではなく、楽天の球団副会長なのだが、 ユニフォーム姿で選手を平気で蹴る星野監督のイメージが消えない。
星野仙一監督の経歴を見てみよう
名前 星野仙一
生年月日 1947年 1月22日
出身 岡山県倉敷市
身長 180cm
職業 野球選手、監督
ポジション 投手
現役時代 中日(1969-1982年)
Wikipediaより
私は星野仙一監督が現役時代は生まれていなかったし、生まれたあともとても野球をみてわかるような年齢ではなかったので、あまり知らない。
しかし 監督としていつも、怒っている星野監督はいつも記憶に残っている。
彼が現役を引退し、キャスターや評論家の仕事をした後の1983年に39歳の時に現役を戦った古巣、中日で監督に就任する
監督としては当時 1億円プレーヤーと言われた落合博満を4対1のトレードで呼び、チームの打撃を強めた、 それから有名な鉄拳制裁監督としての彼の仕事は始まった。
顔にビンタはもちろん、お尻を蹴り上げる、などの熱血といえば熱血だが、 殴らていない選手はほとんどいなかったという、 当時のキャッチャーだった中村武志選手はあまりに顔を殴られすぎて、顔がパンパンに膨れあがり キャッチャーマスクをに顔につけるのが苦労したというほどだったという。
今の時代だとあのような鉄拳制裁をすると問題になりそうなものだが、当時は普通に行われていた、 今 あのようなことをやろうものなら暴行問題で監督はクビになるだろう、 当時ももし蹴る殴るなどで選手にケガをさせてしまうともちろん監督は暴行になりクビになるだろうが。
彼はうまくやっていたのか、本能的にケガをさせない方法で鉄拳制裁をしていたのか、そのことで警察沙汰になったことは私は聞いた事がない、 もしかしたらあったのかもしれないけど。
選手に限らず審判にもかなり激しい当たりで何度か退場させられている。 そんな若い選手をボコボコにしていた星野監督が 70歳というまだ若い年齢で亡くなられたというのは非常に残念。
鉄拳制裁を多くの選手に行ったが、監督の鉄拳制裁を受けた選手はたいていプロとして成長しているし、よい成績を残している選手がおおい、 事実中日も2度だったリーグ優勝し、 その後の阪神でもリーグ優勝、 そして楽天では宿敵巨人を破り初めて日本一に輝いてたという結果も残している。
阪神の監督に就任する前、 弱体化した阪神をどう勝てるチームにするかという話では
野村さんといえばご存知ID野球。野球は考えるスポーツ、頭でやるスポーツとして捉え、指導していくスタイルの人だが、私が阪神で選んだのは端的にいうと体の野球だ
とのように昔ながらの根性論が野球にも通用するということを証明した人でもあった。 現在の社会ではなかなか受け入れられないところもある鉄拳制裁指導の指導者であったが、 その鉄拳に愛が乗っていれば、人は動く、成長すると言うことを教えてくれた指導者でもあった。
それゆえ、彼の指導に恐れる人は多くとも、それほど悪く言う人はいないというのもそれを物語っているのかもしれない。
星野仙一監督の冥福を祈ります。