3月3日ひな祭りの時期が近付いてくる、 ひな祭りは多くの女の子がいる家庭でお祝いされることがあるが、このひな祭りいつ始まり、どのように本来はお祝いするのであろうか?
そしてひな祭りでは一般的にどのような食事が食べられ、それらに対して意味はあるのか? ひな祭りについて少し調べてみました。
ひな祭りとは
私は男性ですが、 2つ下に妹がいたので、いつも2月の末の頃になると、和室にひな祭りが出されて飾られていました。 毎年あまり意味はわからず、3月3日のひな祭りには3段ほどのひな壇? がセットされ、人形が置かれていました。
このひな祭りってのは意味はよく分かりませんでしたが、この時期になると両親が倉庫から出して飾るのが毎年の恒例になっていました。
このひな祭りとはなんだったのか? 子供の頃はこの時期にお雛様を出し、女の子のためのイベントとしかわかりませんでしたが、 このひな祭りとは何なんでしょう?
一般的に女の子のすこやかな成長を祈る節句の年中行事と言われていますが、、
まずは歴史から簡単に見ていきましょう
ひな祭りの歴史や由来
色々と調べてみると、 もともとは日本の祭りではなく、 オリジナルは中国からといわれているようですが、 日本でも歴史は古く平安時代から続いていると言われています。
平安時代といったら、1000年前ほどになりますので、もうほとんど日本でもひな祭りとう文化は確立されていると言ってもいいでしょう。
ひな祭りの始まりの説として
平安時代にひいな遊びがその一つである。 そしてそのひいな遊びは当時は儀式などのイベント事ではなく貴族の女性達の遊びであったようです、 ひいなとは人形のことで、紙で作った人形やなどと、色々な身の回りのものと一緒にする遊びなので、 現代の女の子もりかちゃん人形や、バービー人形で遊んだりするのと同じおままごととであったと思われます。
1000年前あろうと、現代であろうと、女の子が人形で遊ぶというのは、 いつも時代にも変わらないといいうことですね。 そのひいな遊びは 紫式部の源氏物語や清少納言の枕草子にも描写されているとのことで、 当時の貴族の女の子のなかでは メジャーな遊びであったのでしょう。
そして、もう一つが、 3月の初めに行われていた無病息災を願うお祓いの行事で、人形(ひとがた)に自分の災いや病気を託して川や海に流し、人形(ひとがた)に自分の病気や災いを変わりに受けてもらうという意味をこめた行事が行われていました。
上記の二つが江戸時代にはこの遊びと行事が一緒になり、 現在のようなひな祭りになっていったのだと言われています。
そして現代では女の子の災い、けがれなどを移し払うことにより、女の子の健やかで健康な子に育つという行事になったのはそういういきさつがあったのでしょう。
ひな祭りの目的や食事
そのひな祭り、 実際にその行事の日である3月3日にどのようなお祝いをするかというと、 単純にひな壇にひな人形を飾り、 家族で食事やお酒を楽しみながら、 女の子の成長を祝うとなっています。
たしかに私が子供の頃、とくになにかアクティビティがあったわけではないが、 いつもチラシ寿司を母親が作って食べていたような気がします。
何故、ひな祭りにちらし寿司を食べる家庭が多いのかと調べてみましたが、 ひな祭りとはあまり関連はないようです、 ただ華やかな彩のちらしは女の子の節句にはピッタリで、それにエビや、豆やレンコンなど縁起のいい食材を付け加えて、健康に育つという意味があるとのことでした。
ちなみに具材の意味はこちら
海老 = 長生き
たけのこ = 成長
れんこん = 将来の見通しが明るい
とのことです、
まとめ
子供の頃から、意味もよくわからず、妹がいたため、家族でやっていたひな祭りの行事、 その歴史や目的、食事の意味などを調べてみました。
女の子が人形での遊びと、災いやけがれなどを、人形(ひとがた)に移して、自分は健康で清い体になること、
そして現代のひな祭りではよく食べられる ちらし寿司、 実はひな祭りとチラシ寿司はまったく関連がありませんでしたが、
バラエティに富んだ具材を使い、バランスよく食事をするという意味もあるのかもしれません、 そしてそれぞれの具材にも意味があり、
女の子の健やかな成長を祝うと現代版の食事なんでしょうね。
私にも娘がいますが、 海外に在住のため、ひな祭りはやってませんでしたが、 今年はすくなくともチラシ寿司を作ってみようかと思っています。